趣味が義務教育になる時代 – ダンスの必修化に関して思うこと

 必須科目となったダンス

ストリートダンス(ヒップホップ)は今や中学校で必修科目になり、
『ヒップホップダンス基本技能指導士』なんていう指導資格も確立されました。


一昔前では、ストリートダンスはプロを除くと「趣味」として楽しむだけのものでした。
それが、今や「教育」の一環として取り入れられています。
国の決定一つで、同じ行為が「趣味」になったり「教育」になったりするわけです。
これって何だかおかしくないですか?

「趣味」と「教育」の線引き

「趣味」と「教育」の線引きは国の決定で左右されるべきものではありません。
数学は「教育」で陶芸は「趣味」だというのは一つのももの見方でしかありません。
一般的に常に正しい訳ではないのです。
陶芸から多くのことを学ぶことはできますし、趣味として数学を楽しむこともできます。
何の分野を学ぶかよりも、そこから自分が何を学び取るか、ということがより重要だということを、私たちは自覚すべきではないでしょうか。
 
(東後)

コメント

  1. x より:

    国が目をつけたのはダンスそのものではなく、ダンスによる集団行動に学ぶものがあるということじゃないでしょうか。
    これは音楽を学ぶのは音楽そのものよりも合唱や合奏などを通して集団行動を学ぶというのと同じですね。

    • tsujikawa より:

      コメントありがとうございます。
      確かに運動会の出し物でよくある学年全体のダンスや組体操を思い出してみると、一般的な体育の授業よりはダンスの方が、より集団行動を学べるのではないかと思います。
      個人技に走らない授業の設計が望まれますね。

  2. knh より:

    >「趣味」と「教育」の線引きは国の決定で左右されるべきものではありません。
    ちなみに何によって決定されるべきだとお考えでしょうか?

    • tsujikawa より:

      コメントありがとうございます。
      最終的にその線引きをするのは、受け手である個人であると私は思います。
      学校の役割はどこまでいっても学習の「機会の提供」にとどまり、何を引き出すかは最終的に個人に委ねられてしまうと思います。
      提供側が意図していたもの以下のことしか引き出せない場合もあれば、意図をはるかに超えたものを引き出す場合もあるでしょう。
      そう考えると、何を機会として提供するかは、全国一律ではなく、もっと小さな単位で決定され、かつ選択できるような形が望ましいと思います。

  3. ebatakzz より:

    長々と失礼します。
    教育と教育は異なるものに思います。
    教育は「ムチ打って教える」の類で、しつけ同様に強いるもの。
    「教育を受ける」と記述でき、そのまんま受動的です。
    ですので選択の自由は無い。
    また、大人が強いるという構図のために、子供の教育の責任は親が取ることになります。
    例としては、言葉として軍隊教育と読み書きできても、軍隊学習とは読み書きできないとかでしょうかね。
    学習はtsujikawaさんがおっしゃる「受け手が選択できる」類で、自ら学ぶ。基本的に大人が自主的に学ぶ場合にはこちら。
    「学習をする」ので、能動的です。
    (学習の習という字に「羽」があるのは、学習が自ら飛ぶための勉強だからだ、なんて話を聞いたことがあります)
    自習はあっても自教は無い。
    この仮説のとき、義務教育は「学習の選択をするために必要な基礎的な知性や知識を得るためのもの」になります。
    ので、tsujikawaさんが言う部分は将来に位置します。
    文部省の中学校武道・ダンスの必修化
    http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/jyujitsu/1221013.htm
    ダンスや武道に関してはカテゴリとしては、「それまで体育」だったものの細分化ですが意図が違うようです。体育の体を作るという意図から離れているので、別の教科にするのは悪くないと思います。子供にとって指導者が増えることは、ある意味で「目標とする人格の選択肢が増える」ことなので。
    ダンスは「身体を使ったコミュニケーション」で、意図は「仲間と共感して、ダンスで表現する」「自己表現」のようです。踊る人類は多いので、良いと思いますが、この意図ならば、家庭科で料理する方が良いような気もします。(火や包丁が危ないのかもしれませんが)
    というか、コミュニケーションという大カテゴリを作って、そこに国語や英語や音楽やダンスを入れた方が適当な気がw
    個人的には武道の方が微妙だと思ってます。
    道にのっけちゃうのでw それこそ選択が必要ではないかと。
    「競い合う」のもおかしくて、ほとんどの武道では競い合う事を禁止してると思います。
    競うと無駄にに争いのタネになるので、大半の武道では「俺、強くないよー」と言う姿勢なはずです。強くなりたい、暴力を振るいたいという気持ち、あるいは選択を上手く治める術や心を持つことが武道ですが、そこには身の程を知るという残酷な過程があるように思います。(武道のカテゴリとしては「道徳」が適切で、体育やスポーツは武術かと)
    長々と失礼しました。