「初心忘れるべからず」の本当の意味

初心忘れるべからず

このことわざを聞いたことがない人はほとんどいないでしょう。

例えば、社会人2年目、3年目と仕事に慣れ、
「嗚呼、これは自分の本当にしたかった仕事なんだろうか」
と悩んでいた矢先、偶然仕事へのモチベーションが上げてくれる言葉や人に出会い、思わず
「嗚呼、初心忘れるべからずだな」
と、自分に言い聞かせるなんてこともあるでしょう。

このことわざは、

「物事に慣れてくると、慢心してしまいがちであるが、はじめたときの新鮮で謙虚な気持ち、志を忘れてはいけない」

との解釈が一般的だと思います。実際に私も人に教えてもらうまではそのような意味で理解し、使っていたと思います。
(私の場合は、高校時代に、見た目がピグモンみたいな生活指導の先生から聞きました)。

しかしこのことわざ、ルーツをたどるとそんなに生易しい意味ではないようです。

このことわざのオリジネーターは、室町時代に能を大成させた世阿弥であり、世阿弥の書「花鏡」の結びとして

「しかれば当流に万能一徳の一句あり。 初心忘るべからず。この句、三ヶ条の口伝あり。是非とも初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず。この三、よくよく口伝すべし」

と書かれているそうです。

彼の言う「初心」とは「始めた頃の気持ちや志」すなわち「初志」ではなく、「芸の未熟さ」、つまり「初心者の頃のみっともなさ」なのです。
初心者の頃のみっともなさ、未熟さを折にふれて思い出すことにより、「あのみじめな状態には戻りたくない」と思うことでさらに精進できるのだ、と彼は説いています。
そして、若い頃の未熟な芸を忘れなければ、そこから向上した今の芸も正しく認識できるのだとしています。

さらにこれには続きがあります。
「時々の初心を忘るべからず」、若き日の未熟な状態から抜け出した後、年盛りから老後に至るまでの各段階で年相応の芸を学んだ、初めての境地を覚えておくことにより、幅広い芸が可能になると説いています。
そして最後に「老後の初心を忘るべからず」、老後にさえふさわしい芸を学ぶ初心があり、それを忘れずに限りない芸の向上を目指すべしと説いています。

みなさんも例えば、外国人と初めてコミュニケーションしたときに全く英語が思い浮かばず、
言いたいことが3分の1も伝わらない!
といったことや、簿記を習熟しきれておらず、
実際の試験で3分の1も解けない!
なんてこともあるかと思います。
そんなとき、あんな屈辱は二度と味わいたくないと奮起して頑張れと世阿弥は教えてくれているのです。
そして初心者を抜け出したと(例えばTOEIC860点とりましたとか、簿記1級合格しましたとか)しても慢心せずに屈辱感をときどきは思い出し、また道に励め、そして初心者の頃からどれだけ良くなったのかを振り返れと、さらに玄人の域に入った後も道に終わりはなく、常に向上心を持ちなさいと我々に語りかけているのです。

学習と芸が全く同じかどうかは分かりませんが、ひとつの「道」を極めようとした人間から発せられた言葉が、何かの「道」を進もう、極めようとする人にとって非常に参考になることは言うまでもないでしょう。

学習に行き詰まったり、モチベーションが上がらないというときは、「初志貫徹」という言葉も良いですが、「初心忘れるべからず」と自分を奮い立たせてみるのも良いかもしれませんね。

(中屋)

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コメント

  1. 西山水木 より:

    演技のトレーナーですが、大事な言葉です。FBにリンクさせていただきました。ありがとうございました。

  2. […] という言葉にぐっときました。初心忘れるべからずですね。   […]